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「ハヤテのごとく!」
The herbivorous

The herbivorous

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「くっそ……」

 自転車のペダルを思いっきり踏みしめた。
 それに呼応するかのように、背中を水滴が伝う。
 オマケにノドや肺、体中の筋肉は燃えるように熱く、水を求めて悲鳴を上げていた。

「くっそ……」

 俺――薫京之助は顔を上げ、呟く。それから、いつまでも終わりそうにない坂道をこれでもか、と言うほどに睨みつけた。
 それはこの暑さに対するささやかな反抗だ。正直なところ、もう汗を拭く元気すら残っていない。

「……暑い」

 ただそれだけだった。まるで砂漠であるかのようなジリジリと身を焦がす暑さ。道端に生えている雑草も、すっかり水気を失い干からびていた。見るだけで汗が吹き出すようだ。

「あつ……」

 もう一度、呟く。
 全く、お日様の気まぐれには困ったモノだ。
 ついこないだまでグレて顔すら見せてなかったクセに、梅雨が明けた途端にやる気を出してギラギラギラギラ。俺も本気を出せばこんなモンだぜ、とでも言いたいのか。それなら充分過ぎるほど分かったのでそろそろお休みになられたらどうですか。

 ………………。 ………………。 ………………あぢぃ。

 そんなグチもとうとう言う元気が無くなって、俺はただただ機械的に重力に逆らう作業に集中する。アスファルトが熱を照り返し、その上のろのろと漕いでるせいか風は感じることも無い。地球さん、地球さん。クーラーなんて贅沢は言いません。だからせめて扇風機ぐらいはお願いします。

「……やべ」

 余りの暑さに若干おかしくなりかけた意識の中で思考を巡らし、問いかける。

「えーっと……。俺、何で自転車漕いでるんだ?」

 その呟きにも似た疑問に答えたのは、前カゴに放り込んであったレジ袋だった。
 そう、確か、近所のスーパーで酒をしこたま買い込んで……。あぁ、そうだ。『アイツ』の為にわざわざこのクソ暑い中、買い出しに出てたんだ。

「はは……。恋は盲目ってヤツかね……」

 俺は今日何度目だろうか。またも、ため息を吐き出した。
 ふざけんな、恋の盲目。とりあえず今、この時は御退場願いたい。このままじゃ、いくら俺が体育教師と言えどぶっ倒れること間違いなしである。

 ――そんなことを思いながら、俺は不思議とクリアになった意識の下、 ペダルを強く踏み込んだのだった。



『二日酔いなんです。頭痛いんです。だから部屋に入らないで下さい。桂』

 きっと、そんな事が書いてあったのだろう。
 俺は、申し訳程度に破り捨てられた紙の残骸が貼り付けられている白皇学院宿直室の扉を開けた。
 まず目に飛び込んできたのは辺りに散らばる酒瓶の数々。そして、それに埋もれるように倒れている女性が一人。

「おい、雪路。生きてるか?」
「………………」

ふむ。返事がない。まるで屍のようだ。

「俺だぞ~」
「………………」

「薫だぞ~」
「………………」

「酒だぞ~」
「…………うぅ」

 三度目でようやく反応があった。
 俺より酒で反応したことに若干納得いかないが、一応無事と言うことで良しとしよう。

「……にゃによぉ」
「お前が酒を買ってこいって言ったんだろうが。忘れたとは言わせないぞ」

 二日酔いには酒が一番なんだろ? 俺はそう言ってレジ袋を床に置き、腰を下ろした。
 缶ビール八本に加え、一応だが日本酒を一升。二人分としては十分すぎる量だろう。

「なに? アンタも飲むの?」
「あぁ。俺の金で買ったもんだからな」
「……ふ~ん。そりゃ、どうも」

 ぷしゅ。炭酸特有の音を立てて雪路は缶ビールを開けた。

「そういやさ」
「ん? 何よ」
「ドアの張り紙、破れてたけど何かあったのか?」
「あぁ、ヒナよ、ヒナ。アンタがお酒を買いに行って……そうね、直ぐぐらいに来たのよ」
「なるほど、それで怒られたと。自業自得だな」
「全く困った妹だわ。いつからあんな暴力を奮う子になったのかしら?」
「身近に困った大人が現れたからじゃないか?」

 誰よそれーヒナを不良にしやがってー、と呻くように呟きながら酒を煽る雪路。平日の昼過ぎから酒を浴びるように飲む教師を困った大人と呼ばなくて一体誰を困った大人と呼ぶのか。
 そんな雪路を眺めながら、俺はビールを口に運んだ。

「あ、分かった! アンタがその困った大人ね!」
「なっ!!」

 危うく口に含んだビールを吹き出しかけた。

「何でそうなるんだよ! 困った大人? 俺が?!」
「黙りなさい困った大人」
「そりゃ、こっちの台詞だ!」
「黙れ二次元ジゴロ」
「二次元ジゴロじゃねーよ! ってか今それ関係ねーよなぁ?!」
「うわー……自覚のない男の人って」
「ああ、もう! 大体俺はヒナギクとはそこまで身近 な大人じゃねーだろ!」
「そうは言ってもアンタ、イタリア旅行の時言ってたじゃない。ヒナのこと狙ってるって」
「言ってない! 一言も言ってない!」
「じゃあ、誰が好きなのよ?!」
「いやっ、それは……っ!」

 言葉が詰まる。
 誰が好きか。そんなことは、とうの昔に答えは決まっていた。俺は何年も前から雪路が好きだったし、きっとこれからもそうなのだろう。雪路以外を好きになる自分は微塵も想像できなかった。

 ――ただ。

 その自分の想いに迷いがないと言えば嘘になる。
 あまりに長い間、この『好き』という感情を抱き続けてきたせいか、好きに好きという名前を付けあぐねているのだ。
 好きと言う感情がどんなものだったのか、果たして自分が今抱いている感情を恋愛感情として処理していいのか。
 時間と言うのは残酷だ。インクが滲むように、全てを曖昧にしてごちゃ混ぜにして全ての感情を、記憶を、風化させるのだ。
 事実として、自分が雪路に恋をしてると認識はしているが、とうの昔に、俺は好きという感情が何だったのかを忘れてしまっているのかもしれない。

「……好きなのは」

 雪路だ。
 そんな台詞を舌の上で転がし、酒と一緒に流し込んだ。戦略的撤退。そんな言葉が頭をよぎる。

「……いねーよ。そんなの」
「ふーん。二次元に恋してんの?」
「してねぇよ! するわけないだろ!」
「二次元ジゴロのくせに?」
「だから二次元ジゴロじゃねぇよ!」

 ……戦略的撤退?
 少し、自嘲が漏れる。戦略的撤退なんてものじゃない。これはただの敗退行為だ。
 適当に言い訳をして、はぐらかし、今のまま何も変わらずにいようとする。それは、恋愛においては敗退行為に等しい所業だろう。
 そのことが頭では分かっていても、いざ二人の関係に一石を投じようとしても、腕が強張って振りかぶれない。大事な人だから。嫌われたくないから。そんな情けない理由を適当につけて逃げ出して。

「まぁ、でもそれはそれで心配になるわねぇ」
「……はぁ? おいおいどういう意味だそれ」
「アンタもう28よ? この歳になってまで年齢=恋人いない歴って言うのは……」
「なっ! べべべ別にそんなんちゃうわ!」
「黙りなさい童貞二次元ジゴロ」
「ってかお前も28だろ! 恋人いない歴=年齢だろどうせ!」
「私のことは関係ないでしょー! そんなんだからモテないんだやーいやーい!」
「禁止! お前もう酒飲むの禁止! そんなこと言うやつには俺の酒はやらん!」
「えー! ケチ! なんてケチなのこの男! そんなんだから以下省略!」

 こんな、他愛もない冗談を言い合える気軽な関係で満足しようとしている。
 それは必ずしも悪いことではないと思う。そういう選択も、無しではないだろう。波風立たぬ無難な選択。妥協案。言い方は様々ある。

「……お前は彼氏とか作る予定とかないのか?」

 だが、変わりたい自分もいる。一歩先。特別な関係になった俺と雪路。望んでいないわけではない。それだけは確かだった。
 つまり、それは同時に嫌われたくないとか関係を壊したくないだとかそういう言い訳が己のためだけに存在していることを示していて。
 ……ただ、自分が傷つきたくないだけなのだ。
 自分から告白してフラれるのは怖い。だから、相手から告白して欲しいと考える。ひどく利己的で、ズルい考えだった。

「……彼氏? ないわよ、そんなの」
「おいおい良いのか。売れ残るぞ」
「うるさいわね。彼氏なんかよりお金があれば良いのよ。お金が」

 そう言って、雪路はぐいっと酒を煽る。
 言ってることも仕草も、とても色気のあったものではなかった。

「お金ばかりに固執しても良いことないぞ」
「いいのよ。お金とお酒があればなんでもできるって、偉い人も言ってたわ。――それに……」

 雪路はそこで言葉を切り、ため息を吐く。
 その瞳には、少しだけ、淋しそうな色が浮かんでいた。

「お金は、失っても辛くないもの」

 そして、ポツリとそう呟く。
 それから、無きゃ困るけどね。と、乾いた笑いをあげた。

「……そう、か」

 そんな雪路の様子に、俺は何も返すことができなかった。
 もう、高校生の時とは違うのだ。安っぽい言葉を並べて雪路の言葉を否定することはできない。
 時が経ち、俺には俺で様々な経験をしてきた。それは雪路も同じで、しかも、俺の想像もつかない経験してきたはずなのだ。

「俺は……」

 だから、俺はこの先に続く言葉をグッと飲み込んだ。胸の奥に、安っぽい言葉の筆頭として閉まい込んでしまおう。……それが、良い。

「……なに辛気臭い顔してんのよ」
「いや、別に? 枯れてんな、と思って」
「言ったでしょ。本当に欲しいモノは手に入らないモンだって。手に入っても、失わないようにどんなに頑張っても、いつか失くしちゃうの」
「俺が大切にしてた限定モノのガンプラはお前にぶっ壊されたしな。一理あるよ」
「まぁ、そう言うこと。失う悲しみを感じたくなかったら初めから手に入れなければ良い。だから、このままで良いのよ」

 俺は雪路のその言葉の真意を測りかねて、曖昧に笑みを浮かべた。

「結局、どういうことだ?」
「意外とアタシは鋭いってことよ」

 その言葉を受け、俺は黙って缶ビールを傾けた。
 こういう時、なんて返せば良いのだろうか。暫く思考を巡らし、口を開いた。

「……さっぱり分かんねえな」
「だろうと思った」

 そう言葉を交わして、雪路は二本目のビールを喉へと流し込んだのだった。
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