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「ハヤテのごとく!」
僕の大きな黒い傘

僕の大きな黒い傘

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 雨が降っていた。
 どんよりとした空を見上げ、僕はため息をつく。


「参ったな……」


 余りの寒さに、暖をとろうと近くにあったコンビニに入ったのが間違いの始まりだったのかもしれない。コンビニに入って雑誌の立ち読みをしている間に降り出した雨に立ち往生させられる羽目になったのだ。
 家はすぐそこだが、濡れて帰るのも傘を買うのも癪だった。

 ちらっ、と店内を見回す。

 ――折角だから、肉まんを買って帰ろうか。


 レジ横の肉まんが目につき、ズボンのポケットに入っている携帯に手を伸ばす。ダイヤルを回した辺りで僕は手を止めた。

 思わず苦笑が漏れる。

 僕は、誰に電話しようとしていたんだ?
 肉まんの種類を聞く彼女、一緒に肉まんを食べてくれる彼女はもう居ないというのに。


 “じゃあね……”


 彼女の言葉が耳に響いた。
 ――あぁ、確かこんな風にじとじとした雨が降ってたっけ。


 僕の中の時が止まったあの日も、彼女の中の時が止まったあの日も――――



              【僕の大きな黒い傘】



「ねぇ、ハヤテ君」


 彼女は自慢の桃色の髪をサァッとかきあげながら僕に話しかけた。
 桜の季節はとうの昔に過ぎ去ったが、その瞬間だけ満開の桜の下に居るような錯覚を受け、思わず僕の鼓動は速まる。


「何?」


 やっとの思いでそう答える。


「雨、だね」
「へ?」


 窓の外を指さして、彼女は微笑んだ。
 見たところ、特に変わった雨でもない。逆に夏の暑さに加えてこの湿気だ。うっとしい事この上ない。


「……そうですね」
「うん。ハヤテ君は今日傘持ってきた?」
「はい。持ってきましたけど……それがどうかしたんですか?」

「私、傘忘れちゃったんだ」


 彼女はそう言うと今度は嬉しそうに、やけに楽しそうに笑った。
 その言葉で、僕は彼女の言わんとする事を理解する。
 確かに僕の傘は大きいし、2人ぐらい余裕で入るだろう。けれど、僕はどうだ? そんな余裕があるかと聞かれれば答えは決まっている。

 NOだ。


「だから、送ってくれるよね? ハヤテ君」
「……で、でも! 相合い傘なんて!」
「デリカシーの無い男……」
「はうっ! ……で、でも、その、ヒナギクさんスゴくカワイいから相合い傘なんてしたら幸せすぎて倒れちゃうって言うかなんて言うか……」
「あぅ…………」
「ぅ…………」


 沈黙。
 そして、


「「あ、あの」」


 重なる声。
 また、沈黙。
 雨が地面を叩き跳ね返る音だけが耳に届いた。


「見てごらん、泉。教室のど真ん中でラブコメを展開しているカップルがいるよ」
「初々しいね~☆」


 その沈黙を破ったのは、ジト目で僕達を睨みつける花菱さんだった。隣の瀬川さんは恥ずかしそうに俯いている。


「あ、いや、その! すみません……」
「何で謝るの? 全く、そんなんじゃハヤ太君にヒナは任せられないな」
「ちょっと待ちなさい。私は美希のモノじゃないわよ?」
「ハヤ太君のモノだって?」
「ふぇっ!? り、理沙!? な、何言ってるのよ!」
「ヒナちゃん顔真っ赤だよ?」


 花菱さんの後ろから朝風さんも顔を出した。
 ニヤニヤした顔で楽しそうにしている。


「我らが生徒会長様は三千院家執事と仲良く下校なさるとして……」
「早く教室を出ていってもらいたいのだが?」
「私たちが帰れないよ~」


 花菱さん達の言葉で僕は辺りを見渡す。確かに、何時の間にかクラスメイトは居なくなっており、そう言った瀬川さんの手には教室の鍵が握られていた。


「あぁ、ごめん。美希。帰りましょう、ハヤテ君」
「あ、はい」


 教室を出て、僕達は並んで玄関へと向かった。
 彼女は僕の左側の半歩分前を歩いている。


「……急に笑い出したりしてどうしたの?ハヤテ君」


 彼女が訝しげに僕の方を振り返った。
 思わず、笑ってしまっていたようだ。


「いや、いつもだなぁ……と思って」
「へ? 何が?」
「ヒナギクさん、いつも僕の少し前を歩いてるんですよ」
「あ、あぁ……別に深い意味は無いわよ?」
「きっと、余程の負けず嫌いなんですね」
「な、何でそうなるのよ! 深い意味は無いって言ってるでしょ!」
「だから、つい僕より前を歩いているんですよね~」
「ち、違うって言ってるじゃない!」


 そんな会話をしながら、下駄箱に着くと、彼女はさも当たり前のように体を寄せてきた。
 女の子特有のモチのように柔らかい感触が僕の体に伝わる。しかも、シャンプーの匂いだろうか。
 仄かな香りが僕の鼻孔をくすぐった。


「ヒ、ヒナギクさん!」
「……何?」
「そ、その体が……」
「え? だって、こうしないと傘に入れないじゃない」


 何がおかしいの? とでも言いたそうなキョトンとした表情の彼女。
 それはそれで可愛い。確かにバカみたいに破壊力がある。正直、今にも天まで舞い上がるような気持ちだ。――が。


「……本当に傘、忘れたんですか?」
「あ、あああ当たり前じゃない! わ、私が相合い傘をしたいからって天気予報で降水確率90%って出てたのに傘を持ってこない訳がないでしょ! だ、だからこれは仕方なく! 仕方なくだからね! 分かってる!?」
「は、はぁ……」


 じゃあ何でそんなに慌てて、今日の降水確率まで知ってるの? って聞いたら怒るだろうなぁ……。
 そう思いながら、僕は傘を開いた。
 別に相合い傘がイヤな訳でもない。むしろ僕だって嬉しいぐらいだから、彼女のバッグから覗いてる折りたたみ傘の事は黙っておこう。


「じゃあ、行きましょうか」
「うん!」


 そう言って、彼女は――
 その時は、確実に、そして思わず目を細める程の笑顔で頷いたのだった。





「あれ? そっちにヒナギクさんの家はありませんよ?」


 校舎を出て暫く。
 ヒナギクさんは分かれ道でヒナギクさんの家からもお屋敷からも反対方向に曲がった。


「良いの良いの。……たまには寄り道でもしない?」
「は、はぁ……」


 僕はチラリと時計――こないだの誕生日に、お嬢様がプレゼントしてくれた腕時計を確認した。短針が指すのは3と4の間だ。時間に余裕はある。


「じゃ、行きましょうか」
「……………………」
「ヒナギクさん?」
「うん……そうね。じゃ、早く行きましょう」


 そう言ってやはり、少し僕の前を歩く彼女の髪は――
 少しだけ。ほんの少しだけ悲しそうに揺れていた。





「87、88、89、90、91……」


 オススメの場所があるの。彼女がそう言って僕を案内したのは町外れにある高台だった。
 僕は一段目から律儀に数えるヒナギクさんを眺める。
 ……やはり、少し――


「96、97、98、99、100!」
「へ~、この階段ってピッタリ100段何ですね」
「……うん。ちょうど百段で終わり」
「……ヒナギクさん?」


 ……うん。やっぱり今日のヒナギクさんは元気がない。


「何?」
「あ、いえ……。少し、元気がないように見えたので」


 僕がそう言うと、ヒナギクさんは少し口を噤み、まだシトシトと雨の降る空を見上げてから口を開いた。


「ねぇ、知ってる?」
「……何がですか?」
「今日が私たちが付き合い始めて百日だって」
「――それって!」


 ちょうど百段で終わる階段。
 僕達がつきあい始めてちょうど百日目。
 ――その言葉の意味することは。


「今日で百日目。私とハヤテ君とで一歩ずつここまで登ってきた。だけどね……」


 私は心の狭い女だから。私は欲望にまみれた女だから。
 ヒナギクさんはそう言って、高台から見えるこの街の風景へと目を向けた。


「……だから。今日が私とハヤテ君がこのまま終わるか、この空へと羽ばたき出せるかの分かれ道」


 ねぇ……聞いてる?

 ヒナギクさんの、言葉。……あぁ、分かってた。
 ヒナギクさんは続ける。


「私とナギ、どっちが大切?」
「っ………………!」


 分かってた。いつかはこうなるんじゃないかって。
 僕が一人である限り、選べるのは一人。彼女と、お嬢様。
 僕はいつか選ばなければならなかった。


 だから。次に彼女の口から紡がれる言葉は――



「ハヤテ君、私だけのモノに……なって」



 ――彼女にとってどれだけ残酷だったか。
 彼女は聡明だから。
 それでいて、誰よりも優しいから。
 だからこそ、なればこそ。その言葉の持つ意味がどう言うことか、分かっていたのだ。


「………………っ」
「ハヤテ、くん……」


 けれど。僕には選べない。


「……やっぱり。やっぱりね。分かってた。分かってたのよ? こんなこと言っ
てもアナタが苦しむだけだって」


 だってアナタは優しいもの。
 優しすぎて、他人の幸せを踏みにじることができない。
 誰かが不幸せになると分かってるのに、それを選択することは、アナタにはできない。でも……

 彼女はクルリ、と振り返り、続ける。


「でもね。私はそんなアナタが大好きだから――“もう、アナタとはいられない”」
「……え?」
「私が居たら、アナタは幸せになれない」


 静かに彼女は微笑む。
 ――そして。私はアナタの笑顔が大好きだもの。

“じゃあね……”

 風が、吹いた。





「お客さん。雨、止みましたよ?」


 そんな、店員さんの言葉で僕は我に返った。
 その言葉通り、既に空には晴れ間が覗いている。

 ――通り雨だったのか。


「お客さん?」
「あ、いえ、ありがとうございます。じゃあ……」


 僕は、時計へと目を向ける。
 針が示すのは三時を少しばかり過ぎたころ。


「店員さん。肉まんを三つ。それと傘、それも一番大きいヤツを」
「え? でも、雨は止んでますけど……」
「まだ――。まだ、降ってるんです」


 僕の時計は、未だに一秒たりとも進んでいないのだから――
 そう、口の中で言葉を転がす。僕は、少しだけ晴れ間が覗く空の下、大きく黒い傘を広げた。
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